- マイクロ波ロケットとは?

1. CFDを用いた空気吸い込み機構の設計

2. ミリ波放電プラズマの実験研究

3. 600 kWジャイロトロンの開発

マイクロ波ロケットとは?

 マイクロ波ロケットは、地上からマイクロ波ビームを機体に照射することでエネルギーを供給し、飛行するロケットのことを言います。このような推進方式は「ビーミング推進」とも呼ばれ、特にレーザービームを用いたものは、アメリカやロシアなどで精力的に研究・開発されてきました。一方で、マイクロ波ビームを用いた方式は、大電力のマイクロ波を生成できる発振器の開発が遅れていたため、研究はあまり進んでいませんでした。しかしながら、一基でMWクラスのパワーを出力できる「ジャイロトロン」が、1960年代にロシアの応用物理研究所(IAP RAS)で開発されました。それに伴い、我々のグループは、2003年に現在の量子科学技術研究開発機構(QST)のジャイロトロンを用いて「マイクロ波ロケット」の原理実証をしました。写真は、10 gの機体に900 kWのマイクロ波ビームを照射して打ち上げ試験を行った際に撮影したものです。

 主な特徴は、その低コストにあります。現在のいわゆる「ロケット」(燃料の化学エネルギーを推進エネルギーに変換するタイプ)には、理論的な性能の限界があります。それはロシアの宇宙工学者ツィオルコフスキーが示したロケット方程式から明らかで、一回の打ち上げで宇宙に運ぶことのできる量には限界があるのです。そのため、何回にも分けて人工衛星を宇宙に運ぶことになれば、その分多くのコストがかかってしまいます。一方でマイクロ波ロケットの場合、エネルギー源は地上に置くことができるため、理論的にはどんな重いものでも一度で宇宙に運ぶことができる上、その地上設備も繰り返し使用することができるため、宇宙にアクセスするためのコストが大幅に削減します。

 また、近年国連加盟国では、SDGs(Sustainable Development Goals)を掲げており、マイクロ波ロケットはその実現に資するものです。既存のロケットは使い捨てのものが多く、さらに大気汚染が懸念されるタイプのものもありました。しかしながら、マイクロ波ロケットは燃料を搭載せず、周辺の空気を推進剤に使用することから大気汚染を引き起こすことはありません。さらに、低コストで打ち上げ可能なマイクロ波ロケットが開発されれば、宇宙太陽光発電衛星などのような大型構造物を宇宙に建造することも可能になり、それは結果としてクリーンなエネルギーを全人類に提供できることを意味します。

 以上の特徴から、マイクロ波ロケットは、人類の生存圏を拡大し、持続可能な人類の発展を可能にする、革新的なシステムであるということができます。そこで私は、そんなマイクロ波ロケットを実現させるべく、数値計算と実験を駆使して、その推進原理の解明から、地上設備に不可欠なジャイロトロンの開発まで広く研究開発に携わっています。

 マイクロ波ロケットに関する詳細は、こちらの論文をご覧ください。

1. CFDを用いた空気吸い込み機構の設計

 マイクロ波ロケットは、大気圏内飛行時、周辺の空気を推進機内部に取り込んで推進剤として利用します。その特徴から、空気を効率的に取り込むことのできる機構の設計が不可欠です。

 過去の研究で、パルスデトネーションエンジンにも利用されているリードバルブを空気吸い込み機構に使用することで、吸い込み性能が向上し、結果的に推進力が増大することが示されました。そこで、本研究ではリードバルブの動作を有限要素法や3次元のCFDを用いて、空気流入量を正確にモデル化しました。これにより空気吸い込み時の推進機内部の圧力、温度、密度分布を予想するコードが完成しました。

 一方で、高高度飛行時における推進力を実験的に調査できないことが課題となっていました。そこで、数値計算の特徴を生かして、高高度飛行時を想定した計算も行っています。高高度では大気密度が下がるために吸い込み性能が下がることは必至です。そこで、推進器側壁に空気を圧縮して取り込むことのできるプレナム室を搭載し、吸い込み性能を向上することを試みました。これにより、空気抵抗の不利を被りながらも、吸気性能が改善することにより、結果的に(推力-空気抵抗)が大幅に向上しました。

 本研究の詳細は、こちらの論文をご覧ください。

2. ミリ波放電プラズマの実験研究

 マイクロ波ロケットの推進原理を簡単に説明します。内部が空洞の円筒型推進機に大電力のミリ波が照射され、高圧・高温状態のプラズマが生成されます。これを「ミリ波放電プラズマ」と呼んでいます。外部は大気圧であるため、機体内部の高温の空気がロケットを押し上げ、少しずつ上昇していきます。今後、推進機形状の最適化や、軌道解析を詳細に行っていくためには、正しく推進力を見積ることが不可欠です。そのため、私は主に二つのアプローチを用いて「ミリ波放電プラズマ」に関する研究を行ってきました。

 一つは、高速度カメラを用いて、プラズマの速度や構造を詳細に撮影しています。写真は筑波大学・プラズマ研究センターの28 GHzジャイロトロンを使用して放電実験を行い、撮影されたものです。雰囲気圧力やミリ波のビーム強度を変更して実験を行うと、このように様々なプラズマの構造が見られます。過去の研究では、構造の変化と共に推進力が大きく変化することが分かっていました。そのため、本研究により、これらの構造がどのような条件で遷移するのか、どのようなメカニズムで構造が生まれるのかが明らかになりつつあります。

 さらに、発光分光法と呼ばれる、プラズマの発光を波長ごとに分解し、その特性を知ろうとする研究も行っています。ミリ波放電プラズマにおいては大気中の8割を占める窒素分子が発光の主体となります。第二正帯(Second Positive System)と呼ばれる発光は、窒素分子の振動温度、回転温度を計測するためによく用いられるバンドスペクトルで、本研究でも解析に使用しました。図には、本研究で観測されたスペクトルと、理論計算によるフィッティング計算の結果を示しています。一般的な商用コードを用いてフィッティングをすることも可能ですが、プラズマ中の粒子ごとに温度が異なったり、連続スペクトルを考慮する必要があったりなどと、商用コードでは対応できない問題がしばしば生じます。それらの問題にも応えるため、独自でフィッティングコードを開発し、解析に使用しました。

 このような研究を通して、ミリ波放電プラズマの雰囲気圧力やビーム強度変化に対する挙動が詳細に分かってきました。これはすなわち、マイクロ波ロケットの推力がおおまかに見積もれるようになったことを意味します。今後、推進機形状の最適化を行い、実験によりその性能を確認していきます。

 本研究の詳細は、こちらの論文をご覧ください。

    

3. 600 kWジャイロトロンの開発

 2015年度から始まった科研費・基盤研究(S)により、東京大学に600 kWのマイクロ波ビームを発振できるジャイロトロンを導入しました。今までジャイロトロンは核融合プラズマの加熱を目的に開発されてきましたが、航空宇宙工学への応用を主目的としたジャイロトロンの開発は前例がありません。

 ミリ波放電の大きな特徴の一つであるフィラメント構造や、デトネーション伝播構造を詳細に観測するため、電力・周波数・パルス幅を600 kW, 94 GHz, 100 μsと定め、開発を行いました。今までは、量子科学技術研究開発機構(QST)、筑波大学プラズマ研究センター、福井大学遠赤外領域開発研究センターでロケット研究を行ってきました。これからは、専属のジャイロトロンを用いて、マイクロ波ロケットの推進原理の解明に向けて鋭意研究を進めていきます。

 また、本ジャイロトロンは将来のビーム基地開発に向けたプロトタイプでもあります。過去の研究によれば、マイクロ波ロケットが現在のロケットにとってかわるには1 GWもの出力のビーム基地が必要であるという試算がなされました。ジャイロトロン一基当たりの出力は現在では高くても2 MW程度であり、これは1000本オーダーのジャイロトロンが必要になる、すなわちビーム基地建設に必要な初期コストが膨大にかかってしまいます。その問題に対する一つの解決策はジャイロトロン自体のコストを下げることです。そのためには、ジャイロトロンのコストドライバーとなっている超電導磁石のコストをいかに下げられるか、が重要です。そこで、本ジャイロトロン開発では、今までのジャイロトロンに比べてコストが抑えられたボア径の小さな超電導磁石を購入し、開発に使用しました。

 2020年度に東大ジャイロトロンで初めてミリ波の発振が確認され、プラズマの観測にも成功しました。今後、さらに安定した運転を目指して開発を進め、専有のジャイロトロンを使用したマイクロ波ロケット研究を加速度的に行っていきます。

 本研究の詳細は、こちらの論文をご覧ください。