東京大学 大学院新領域創成科学研究科 先端エネルギー工学専攻 & 大学院工学系研究科 航空宇宙工学専攻(兼担)
 
 1. イオンスラスタとは
 2. マイクロ波放電式小型イオンスラスタ
 3. 研究紹介



1. イオンスラスタとは

イオンスラスタは人工衛星に搭載される電気推進の一種で、推進剤をプラズマ化し、プラズマからイオンを引き出して加速することによって反力を得ます。イオンスラスタが推力を出す過程は大きくプラズマ生成、加速、中和の三つの過程に分けて議論されます。

1.1. プラズマ生成

イオンスラスタは放電室と呼ばれる領域を持ち、そこに推進剤(一般的にはキセノン)と電力を投入することにより推進剤をイオン化し、プラズマを生成します。プラズマはイオン化(電離)とイオンの損失が準定常的に釣り合って、ガス中の分子がある一定の割合で電離している状態を指します。電離している割合によって完全電離、弱電離などと分類されますが、イオンスラスタ放電室のプラズマの電離度は一般に数%以下で、弱電理プラズマに分類されます。この電離を発生させる電力をどのように投入するかによって、直流放電式、RF放電式、マイクロ波放電式などと分類されます。また、電子が磁場に巻き付いて運動する性質を用いてプラズマの壁面への損失を抑えることも行われており、特に数の多い直流放電式はこの磁場の形状によって分類されることもあります。

1.2. 加速

生成されたプラズマはグリッドによって加速されます。グリッドは多数の穴が開いた板で、通常2枚もしくは3枚のグリッドを用いて加速します。(この機構のためイオンスラスタはGridded Ion Thrusterともよばれます。)最上流にあるスクリーングリッドには1kVを超える高電圧が印加され、宇宙の無限遠(0V)との電位差によって、イオンが加速されて排出されます。キセノンの場合そのスピードは1.5 kV印加時に50 km/sにも及びます。この粒子の運動量分だけ、衛星は逆方向に運動量を得ることになります。(運動量保存則)スクリーングリッドの下流にはアクセルグリッドがおかれ、イオンビームの形状、引き出し量、中性粒子の閉じ込めなどを担います。

1.3. 中和

 イオンスラスタはイオンを放出することにより推力を得ています。一方、同時に+の電荷を放出していることになるので、放っておくと衛星は負に帯電していきます。これを防止するために放出する+の電荷と釣り合うように電子を放出する機能があり、これを中和と呼びます。電子はイオンに比べて著しく軽いため加速しても推力は期待できません。従って、中和のための電子放出は、加速等は行わずに低電力で多くの電子を放出することが重要になります。一般的にイオンスラスタの中和器はホローカソードと呼ばれるものが大半を占めますが、この部品が寿命の律速となることも多く、ほかの方式を含めて、研究対象の一つとなっています。

2. マイクロ波放電式小型イオンスラスタ

マイクロ波放電式イオンスラスタは、日本で特に多く研究されているタイプのイオンスラスタです。代表的なものに「はやぶさ」「はやぶさ2」に搭載された、宇宙科学研究所で開発されたマイクロ波放電式イオンスラスタ「μ10」があります。本研究室では、通常中・大型衛星に搭載されるイオンスラスタ(直径20 cmなど)に比べて一回り小さく(直径2 cm)、主に100 kg以下の超小型衛星をターゲットにしたマイクロ波放電式イオンスラスタを研究対象としています。

上記の分類に準ずると

・プラズマの生成にマイクロ波放電式(特にECR加熱方式)を採用

2枚(スクリーン、アクセル)のグリッドで加速

・マイクロ波放電式中和器を中和器として使用

というスラスタとなります。中でもマイクロ波によるプラズマの生成部、マイクロ波放電を利用した小型の中和器が特徴的で、その特性をとらえること、より深く理解することが研究の大きな目的になっています。また、「実際に宇宙で動くものを作ること」に力を入れており、これらの特徴を生かした推進系の開発や提案を行っています。

3. 研究紹介 

3.1. キセノンイオンスラスタ

50 kg級衛星をターゲットとして、キセノンを推進剤とするイオンスラスタの研究開発を行っています。50 kg級の衛星(50 cm立方程度)のサイズに搭載可能なスラスタとして、コンポーネントとともに開発が行われ、すでに、2機の人工衛星(ほどよし4号と深宇宙探査機PROCYON、ともに2014年打ち上げ)に搭載されて打ち上げられました。どちらのスラスタも宇宙作動を達成し、PROCYONでは述べ223 hの作動を実施しました。

現在の研究は、これらの宇宙作動によって顕在化した課題の解決や、ミッションからの要求を満たすための性能向上を大きな目的として実施しています。また同時に、イオンスラスタ内部の物理に関する理解を深めるための測定・実験を実施しており、数値計算との比較などを用いて、物理に関する知見の深化を目指しています。数値計算に関しては、他研究室との共同研究だけではなく、小泉研究室内でもコードを作成してシミュレーションに取り組んでいます。

 

<研究例>

・内部のプローブ測定

 イオンスラスタ内部のプラズマをプローブによって使って測定します。プラズマ源が小型であるうえに、永久磁石による静磁場があること(どちらも測定に悪影響)がポイントで、これらの課題を考慮しつつ測定を行う必要があります。イオン源だけではなく、中和器についてもプローブ測定を行っています。

・グリッドの最適化

 数値計算と実験の両面からグリッドの詳細設計・最適化を実施しています。プラズマ源が小型であり、プラズマが均一でないことが大きな問題であり、それを解決する手法の提案・実証を行っています。
・磁石形状変更による中和器の性能向上
 中和器内部のリング型磁石に傾斜をつけて電子をオリフィス出口に集約させることで、引き出し電流の向上を目指します。

 

3.2. 水イオンスラスタ

 キセノンよりもさらに小型、10 kg級の人工衛星をターゲットとして、水を推進剤とするイオンスラスタの研究を行っています。高圧ガスであるキセノンはその保存や供給のための機構がかさばりがちですが、それを液体である水を用いることによって解決、小型化することをコンセプトとしています。水は安価、安全で入手性もよく、多くの利点を持った推進剤です。一方、イオンスラスタ性能(エネルギーの変換効率)はキセノン使用時より落ちてしまうため、その性能の向上を主眼において研究を行っています。

 また、低圧(1 Pa程度)、弱電離(1%以下)の水蒸気プラズマに関する知見は極めて少なく、その一方現象は解離を含むため複雑なものがあります。これらの物理に関する理解を深めることは、特に酸素原子による酸化、それによる寿命の制限とった面から見て重要で、実験、数値計算(横国大鷹尾研との共同研究)の両面から、現象を明らかにする研究を行っています。

 

<研究例>

・アンテナバイアスイオン源による性能向上
 イオン源のマイクロ波アンテナにバイアス電圧をかけることで、性能向上を目指しています。2022年現在では,マイクロ波伝送路中のチューナー長さを真空中で調節できるようにすることで、適切なマッチング点を探して性能評価を行う実験を行っています。
・水イオンスラスタの長時間作動

 安全装置を導入した実験系を使用し、数百時間オーダーにわたって1つのイオン源を連続で作動させる実験を行っています。そこから得られたデータに基づき、水イオンスラスタを長時間連続で作動した場合の影響を調査しています。

・内部のプローブ測定

 キセノンの場合と同様、イオンスラスタ内部のプラズマをプローブによって使って測定します。

・高精度な水供給系の構築と推進材利用効率の向上

 とくに改善が必要なポイントである推進剤利用効率(投入した推進剤のうちどれだけがイオンとして排出されたか)を改善するために、高精度、低流量(10μg/s程度)の水供給系を設計・構築し、性能改善のための実験を実施しています。

 

【補足】
・研究の詳細については、Publicationのイオンスラスタ関連の論文を参照ください。

・そのほか質問等は峯松;r.minematsu[at]al.t.u-tokyo.ac.jpまで!