電気推進機(プラズマスラスタ)では,プラズマと呼ばれる荷電粒子の集団(中性ガスの一部をイオンと電子に分離した状態)を生成/加速することで,その反力としての推力を宇宙機に与えます.
従来の電気推進(ホールスラスタ,イオンスラスタ,MPDスラスタ,PPTなど)は,プラズマ生成/加速のために,プラズマに直接暴露する電極を有しています.そのため既存の電気推進は,(高エネルギー粒子の集団である)プラズマが電極に接触することによる電極損耗(スパッタリング)からは,原理的に逃れられないことになります.特に,電気推進機の大電力化を目指すにあたっては,この「電極損耗」はより顕著な問題となります.この点が,技術的には成熟した電気推進機を大電力化する方針(上記【方針1】)の困難な点となっています.
これに対し,無電極推進機には電極由来の寿命がありません.「無電極電気推進機」という語の "無電極" の意味は,プラズマが生成され加速されて推進機から排出されるまでの過程で,推進機がプラズマに直接暴露する電極を有さない,ということです.この点で,無電極推進機は既存の電気推進に比べて(特に大電力化に際して)有利だと言えます.
無電極電気推進に用いられるプラズマ生成技術は,おおよそ確立されてきていると言えます.電極を用いない効率的なプラズマ生成法として,RF(高周波)/ヘリコン波放電と呼ばれる方式を採用した無電極推進機の研究が進められてきました[3][4][5][6][7].
一方で,効率的なプラズマ加速法に関しては,未だ多くの研究の余地があると言えます.これまでに多種多様な無電極でのプラズマ加速方法が提案されてきましたが,いずれを用いた場合もホールスラスタ,イオンスラスタなどに匹敵する性能は達成できていません.
無電極電気推進のプラズマ加速法の探索が難航している要因として,ほぼ全ての無電極電気推進が "磁場とプラズマの相互作用" という,複雑な現象による加速を目指している点が挙げられます.
プラズマは荷電粒子(イオン,電子)の集団ですから,磁場とプラズマは複雑に相互作用します(例;荷電粒子は磁力線に巻きつくように運動する,しかしドリフトや衝突による拡散によって磁力線から離脱することもできる.磁場は荷電粒子に直接仕事をしないが,荷電粒子はローレンツ力を介して力を受ける.プラズマは磁力線を引きずって動き,プラズマは電磁力を受ける.ときには磁力線を繋ぎ変えることもできる...).この "磁場とプラズマの相互作用" は,電気推進機分野にとどまらずプラズマ物理学的に非常に興味深く,実験室プラズマから磁気圏/宇宙プラズマなど様々なスケールにおいて,長年研究が続けられています.
無電極電気推進の研究は,未だ謎多き興味深い物理現象を用いて次世代の長寿命/高効率な電気推進機を実現しようというチャレンジングな研究である,と言えます.
参考文献
[3] Leonard D. Cassady et. al, “VASIMR Performance Results,” 46th AIAA/ASME/SAE/ASEE Joint Propulsion Conference & Exhibit, 2010
[4] S. Shinohara et al, “Development of Electrodeless Plasma Thrusters With High-Density Helicon Plasma Sources,” IEEE Trans. Plasma Sci, vol.42 No.5, 2014
[5] C. Charles, R. W. Boswell et al, “Helicon Double Layer Thrusters,” 42nd AIAA/ASME/SAE/ASEE Joint Propulsion Conference & Exhibit, 2006
[6] S. Harada, S. Yokota et al, “Electrostatic acceleration of helicon plasma using a cusped magnetic field,” Appl. Phys. Lett. 105, 194101(2014)
[7] K. Takahashi et al,“Direct thrust measurement of a permanentmagnet helicon double layer thruster,” Appl. Phys. Lett. 98, 141503(2011)