東京大学 大学院新領域創成科学研究科 先端エネルギー工学専攻 & 大学院工学系研究科 航空宇宙工学専攻(兼担)
 

有人深宇宙探査に向けた電気推進の開発


 人類の生活における医療/エネルギー技術の発展の可能性を求めて, 2030年までに有人の火星探査を行う計画が進められています[1].火星探査以外にも,有人深宇宙探査は,太陽系惑星/銀河形成過程の解明など,理学的興味からも大きな意義を持ちます[2].

深宇宙探査ミッションには推進機(スラスタ)は不可欠です.近年では,JAXAの探査機はやぶさ/はやぶさ2がイオンスラスタを搭載し,様々な工学的/理学的成果を挙げています.
従来の探査機に搭載されてきた電気推進機の消費電力は,1-10 kWクラスでした.一方で,将来的な有人深宇宙探査ミッションで必要になってくるのは,100 kW-1 MWクラスの大電力の電気推進です.

そこで,100 kW-1 MW級大型電気推進の実現を目指した研究が行われてきました.その方針には,大別して以下の2つがあります.
  • 【方針1】: 既存の10 kW級電気推進(ホールスラスタやMPDスラスタなど)を大電力化する
  • 【方針2: 無電極の電気推進を新規開発する
我々の研究班では,【方針2を選択し,有人深宇宙探査に向けた研究を進めています.

参考文献
[1] 国際宇宙探査協同グループ(ISECG)が発行した国際宇宙ロードマップ : http://www.globalspaceexploration.org/wordpress/
[2] 宮本英昭 他 『惑星地質学』 東京大学出版会, 2008


 

無電極推進機の概要

 電気推進機(プラズマスラスタ)では,プラズマと呼ばれる荷電粒子の集団(中性ガスの一部をイオンと電子に分離した状態)を生成/加速することで,その反力としての推力を宇宙機に与えます.

 従来の電気推進(ホールスラスタ,イオンスラスタ,MPDスラスタ,PPTなど)は,プラズマ生成/加速のために,プラズマに直接暴露する電極を有しています.そのため既存の電気推進は,(高エネルギー粒子の集団である)プラズマが電極に接触することによる電極損耗(スパッタリング)からは,原理的に逃れられないことになります.特に,電気推進機の大電力化を目指すにあたっては,この「電極損耗」はより顕著な問題となります.この点が,技術的には成熟した電気推進機を大電力化する方針(上記【方針1】)の困難な点となっています.

 これに対し,無電極推進機には電極由来の寿命がありません「無電極電気推進機」という語の "無電極" の意味は,プラズマが生成され加速されて推進機から排出されるまでの過程で,推進機がプラズマに直接暴露する電極を有さない,ということです.この点で,無電極推進機は既存の電気推進に比べて(特に大電力化に際して)有利だと言えます.

 無電極電気推進に用いられるプラズマ生成技術は,おおよそ確立されてきていると言えます.電極を用いない効率的なプラズマ生成法として,RF(高周波)/ヘリコン波放電と呼ばれる方式を採用した無電極推進機の研究が進められてきました[3][4][5][6][7].
 一方で,効率的なプラズマ加速法に関しては,未だ多くの研究の余地があると言えます.これまでに多種多様な無電極でのプラズマ加速方法が提案されてきましたが,いずれを用いた場合もホールスラスタ,イオンスラスタなどに匹敵する性能は達成できていません.

 無電極電気推進のプラズマ加速法の探索が難航している要因として,ほぼ全ての無電極電気推進が "磁場とプラズマの相互作用" という,複雑な現象による加速を目指している点が挙げられます.

 プラズマは荷電粒子(イオン,電子)の集団ですから,磁場とプラズマは複雑に相互作用します(例;荷電粒子は磁力線に巻きつくように運動する,しかしドリフトや衝突による拡散によって磁力線から離脱することもできる.磁場は荷電粒子に直接仕事をしないが,荷電粒子はローレンツ力を介して力を受ける.プラズマは磁力線を引きずって動き,プラズマは電磁力を受ける.ときには磁力線を繋ぎ変えることもできる...).この "磁場とプラズマの相互作用" は,電気推進機分野にとどまらずプラズマ物理学的に非常に興味深く,実験室プラズマから磁気圏/宇宙プラズマなど様々なスケールにおいて,長年研究が続けられています.

 無電極電気推進の研究は,未だ謎多き興味深い物理現象を用いて次世代の長寿命/高効率な電気推進機を実現しようというチャレンジングな研究である,と言えます.


参考文献
[3] Leonard D. Cassady et. al, “VASIMR Performance Results,” 46th AIAA/ASME/SAE/ASEE Joint Propulsion Conference & Exhibit, 2010
[4] S. Shinohara et al, “Development of Electrodeless Plasma Thrusters With High-Density Helicon Plasma Sources,” IEEE Trans. Plasma Sci, vol.42 No.5, 2014
[5] C. Charles, R. W. Boswell et al, “Helicon Double Layer Thrusters,” 42nd AIAA/ASME/SAE/ASEE Joint Propulsion Conference & Exhibit, 2006
[6] S. Harada, S. Yokota et al, “Electrostatic acceleration of helicon plasma using a cusped magnetic field,” Appl. Phys. Lett. 105, 194101(2014)
[7] K. Takahashi et al,“Direct thrust measurement of a permanentmagnet helicon double layer thruster,” Appl. Phys. Lett. 98, 141503(2011)

 

IPA (Inductive Plasma Accelerator)

推進機のコンセプト

 我々が研究を進めている無電極電気推進機は"IPA"(Inductive Plasma Accelerator)と名付けられ, 磁場によるプラズマの誘導加速を利用した推進機です.

 IPAの作動原理を図1に示します.IPAはプラズマ生成とプラズマ加速のいずれをも高周波電磁場を用いて行い,推力を発生させます.変動磁場を印加することになるので, プラズマのデタッチメントに有利になり, プラズマを効率的に排出することができます.
  • 【プラズマ生成】絶縁管側面に巻き付けられたループ型RFアンテナからの高周波電界によって,永久磁石によってつくられた定常カスプ磁場中にRFプラズマを生成する
  • 【プラズマ加速】絶縁管底面に配置された加速コイルに大電流を流すことによって変動磁場をプラズマに印加し,これによって生じたプラズマ電流と磁場の相互作用であるローレンツ力によってプラズマを加速する


また, さらなる高効率化を目指して以下のような特徴を持つ推進機を開発しています(図2).
  1. 【低アスペクト比形状】従来の多くの推進機では分離されていた「プラズマ生成領域」と「プラズマ加速領域」を同一に
    プラズマの損失低減による高効率化


図1 IPAの概念図[8]

図2 実験の様子[8]


プラズマ加速機構の解明


IPAの研究ではスラスタ内部の物理現象, その中でも変動磁場印加型の推進機の加速機構を解明するために様々なプローブを開発し計測を行っています. プローブ計測ではスラスタ内部の磁場や電子密度, イオン流速や電場の分布などが測定できます. これらの時間変動を追うことで, プラズマの加速において重要となる周方向電流の生成に磁場垂直方向(R-Z方向)に発生する電場が大きく寄与していることが示唆されました. 図3は変動磁場や周方向電場, 周方向電流分布の時間変動を表したもので, 周方向電場に同期して周方向電流が生成されている様子が確認できます. しかしこの周方向電場により直接駆動される電流値は小さく, 磁場垂直方向の電場と磁場によるEXBドリフト電流が周方向電流の生成において支配的であることが分かっています[9]. 

ripal_distribution
図3 RIPAL内部の変動磁場・電場・周方向電流分布の時間変動[9]


新型推進機の提案


上記の研究から得られた知見をもとに, フェライトコアによって径方向磁場を卓越させた新しいコンセプトの推進機を研究しています. 無電極電機推進機は周方向電流と磁場の径方向成分によるローレンツ力により推力を得るので, この径方向磁場を強力にすることでより大推力が得られる可能性があります. 



図4 新型推進機の模式図



図5 新型推進機の概観


出典
[8] 柳沼和也, 井上雄喜, 小泉宏之, 小紫公也, "スパイラルアンテナを用いたヘリコン波プラズマの誘導パルス方式による加速実験," 第45期日本航空宇宙学会年会, JSASS-2014-1036, 2014
[9] H. Sekine, H. Koizumi, and K. Komurasaki, “Electrostatic ion acceleration in an inductive radio-frequency plasma thruster,” Physics of Plasmas 27, 103513 (2020). doi: 10.1063/5.0020395