東京大学 大学院新領域創成科学研究科 先端エネルギー工学専攻 & 大学院工学系研究科 航空宇宙工学専攻(兼担)
 

「水」を推進剤とする高比推力型スラスタの大電力化


キューブサットから100 kg級のものまで,小型宇宙機の利用がますます進展しています.小型宇宙機用の推進機に適した推進剤の一つとして,水が注目されています.水は液体状態で安全に貯蔵でき,入手コストや取扱性にも優れています.これまで,キューブサット用の高比推力型スラスタとして,水イオンスラスタの研究・開発を行ってきました.

しかし,水イオンスラスタは推力が数100μN級と小さく,そのままでは100 kg級の宇宙機にとって力不足です.そこで,水を推進剤とする小型のホールスラスタの研究を進めています(ホールスラスタに関する詳細はこちら).ホールスラスタはイオンスラスタのようなグリッド構造を持たないため,高密度のイオンビームを作り出すことができます.そのため,1000 s級の比推力を保ちつつ,より高い推力を発揮します.また,イオンスラスタを推力増強するよりも口径を小さくすることができ,小型化にも貢献します.

私たちは,100 W級のシステム電力で1 km/s以上の速度増分を達成し,100 kg級の宇宙機が地球静止軌道から月以遠へと軌道遷移するための「足」となるスラスタの実現を目指しています.
 

研究紹介

  • 低電力かつ水推進剤に適したスラスタヘッドの開発

  • 高性能なホールスラスタを実現するためには,イオンビームを生成するスラスタヘッドの設計が重要になります.電磁場の相互作用でビームを作るホールスラスタは,物理的な挙動を正確に予測することが難しく,従来のキセノンガスを用いたものでも設計ツールが確立されていません.ましてや,水を推進剤に用いることは前例のない試みです.そこで,複数通りのチャネルを持つスラスタヘッドを開発し,100 W級かつ水での作動に適した設計指針を実験的に見出す研究を進めています.



  • 耐腐食性を有する100 mA級熱電子カソードの開発

  • ホールスラスタの作動には,プラズマ着火やイオンビーム中和のための電子を供給するカソードが不可欠です.水推進剤への適合性と100 mA級電子電流の両立に向けて,腐食に強いLaB6(六ホウ化ランタン)を電子放出材に用いた,ガス投入が不要な熱電子方式のカソードを開発しています.熱電子カソードの課題は熱放射損失に伴う消費電力の高さと空間電荷制限による放出電流値の低さにあり,これらに対して多層断熱構造や電場形成電極を活用した性能向上手法を研究しています.