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研究目的(概要)

 レーザーやミリ波の放電により空気中に誘起される爆轟波の物理の解明は,高エネルギー電磁ビームを用いた長距離空間電力伝送や,レーザー推進,マイクロ波ロケット等の実現に必要不可欠である.本研究では,高エネルギーのレーザーやミリ波ビームにより誘起される爆轟波を工夫された実験系により純粋な1次元現象に帰し,その計測結果の解析によってレーザーとミリ波の双方の放電・爆轟現象に内在する普遍的な物理モデルを構築することを目的とする.得られた知見を将来の大電力伝送で想定される実スケールの現象に適用可能な3次元計算コードの開発につなげたい.

@研究の学術的背景

図1  昨今の地球温暖化対策や脱化石燃料が進んでいるが,航空宇宙機においては1回の移動距離あるいは加速量が非常に大きいため多量の燃料を携帯せざるを得ず,モビリティとペイロード比(初期重量に対する貨物重量)はトレードオフの関係にあり,その制約は打ち上げロケットにおいて最も顕著で,静止衛星軌道への打ち上げではペイロード比で1%程度しか実現できない.航空宇宙機に電磁ビームで遠隔にエネルギーを供給する試みはこの制約から解放されるひとつの有力な手段であり,レーザー推進機1)や電磁ビームワイヤレス給電2)といった形で研究が進んでいる.
図2  高エネルギー電磁ビームにより大気中に誘起される放電は爆轟波を駆動し,その過程で電磁エネルギーが効率的に圧力に変換されるため,工学的にも有用な現象である.本申請の研究代表者は,15 年に渡り高エネルギー電磁ビームと放電の研究を行い,基盤(A)「レーザー支持爆轟波の物理」(H19-22)や基盤(A)「高エネルギー密度のワイヤレス給電のためのミリ波放電現象の解明」(H23-27)を統括して,電磁ビーム放電爆轟について多くの研究業績を挙げるとともに,日本原子力研究開発機構JAEA 共同研究「ジャイロトロンを用いたマイクロ波ロケットの研究」(H13-現在,図1)や,宇宙研究開発機構JAXA 戦略開発経費「マイクロ波ロケットの打ち上げ実証実験」(H22-25)の支援を得てロケット要素技術の開発を行なってきた.また連携研究者の坂本,小田らは,高エネルギーミリ波ビーム発信器ジャイロトロンの開発で世界をリードし,最近はそのビーム結合,伝送時の異常放電の防止も研究対象としている.
 図2 に研究代表者が撮影したレーザー放電およびミリ波放電の先端構造を示す.ビーム波源に向かって超音速で伝播する電離波面のマクロな構造は相似であるが,ミリ波放電にはプラズマの微細な構造がみられ,長時間露光写真ではフィラメント状の放電痕(図1)が認められる.また図3 に示すように,電離波面伝播速度Vとビーム電力密度S の比は1〜2 桁ほど異なり(電力吸収効率はそれぞれ50%以上),従来の燃焼デトネーション理論では説明がつかず,「ミリ波放電はなぜこれほど高速図3に伸展するのか?」という純粋に物理的な興味が湧く.本命題について実験と同時に数値シミュレーションによりこの放電デトネーションの物理に迫っている.
 関連するプラズマ,レーザー,ミリ波,衝撃波といった研究分野の,実験,理論,ミュレーションの専門家が「マイクロ波ロケット研究会」を通して連携し,放電デトネーション現象について研究を行う世界でも比肩なき活発なグループを形成するに至った. 上のように,高出力ミリ波ビーム装置の発展に伴い,レーザーを含む電磁ビームがエネルギー輸送媒体として工学的応用を期待されるこの時期に,本現象を詳細に解明し,工学的応用に結び付けることを目標とする.


A研究期間内に何をどこまで明らかにしようとするのか

実験室で利用可能な高エネルギーのレーザー,ミリ波ビームの径は数ミリから数センチに過ぎないため,電磁波吸収層の厚みに対するビーム径の比をそれほど大きく取ることができず,吸収層側面へのエンタルピー流出などの影響が多大で,純粋な1次元現象として議論できない.そこで以下のアプローチを計画している.

1) 1次元放電伝播実験系による理想的条件下での放電進展現象の計測

 固体壁で囲まれたデトネーション管内で1次元的に放電を伸展させ,それを観測することにより本質的な物理現象を抽出する.

2) 放電の微視的パラメータ計測及びそのガス種,雰囲気圧依存性の解明

 上記の1次元放電伝播について,最新の時空間分解能を有する計測装置・技術を駆使して,放電の幾何形状の観察や,伸展速度計測,電子温度やプラズマ密度,輻射スペクトル,ストリーマ先端の微細構造といったミクロなパラメータの推算を行い,そのガス種,雰囲気圧依存性についても調査する.その後の詳細物理モデル構築およびその妥当性の検証において,微視的パラメータとその雰囲気ガス依存性も同時に再現されることが必要と考える.

3) 高エネルギー電磁ビーム放電現象の1次元詳細物理モデル構築および検証

 高エネルギー密度領域における放電伸展モデルを構築・創出する.モデルの検証のため一次元数値シミュレーションによって上記実験で得られた放電現象の再現を試みる.

4) 3 次元数値シミュレーションコード作成と工学的応用の検討

 最終的には,上記研究の体系的な知見に基づいて3 次元数値シミュレーションを作成し,様々な放電デトネーションの工学的応用の提案について,その装置設計および性能評価を行う.

B当該分野における本研究の学術的な特色・独創的な点及び予想される結果

高エネルギーミリ波・レーザーの大気放電の研究はこれまで散発的な実験しか行われておらず,特にミリ波の数0.1MW/cm2 以上の電力密度領域の放電は理解されていない領域で,大電力ジャイロトロンが開発されたことによって初めて実験が可能となった.レーザー支持爆轟波やストリーマ放電との類似点・相違点を勘案しつつ,体系的な研究によって,この電力密度領域におけるプラズマ・放電物理モデルを構築・創出する.また応用面からは,航空宇宙分野の例として,ミリ波ビームで遠隔に駆動されるロケットや,メガワットからギガワットの電力の空間無線送電・電力変換装置,放電デトネーション風洞など,将来の宇宙インフラ整備や先進的な宇宙プロジェクトの展開を担う基幹技術につながるものと期待する.

参考文献
  1. Kimiya Komurasaki, “Laser Propulsion,” Encyclopedia of Aerospace Eng., Wiley, Vol. 2, Chap. 117, 2010.
  2. 小紫公也,「レーザ・マイクロ波電力伝送技術」非接触電力伝送技術の最前線,シーエムシー出版,2009.
  3. T. Nakagawa, Y. Mihara, K. Komurasaki, et al., “Propulsive Impulse Measurement of a Microwave-Boosted Vehicle in the Atmosphere,” J. of Spacecraft and Rockets, Vol. 41, No. 1 (2004), pp.151-153.

研究計画・方法(概要)

1 次元伝播実験系を構築し,発振周波数やガス種などを変えつつ実験を行う.ミリ波放電についてはその微細構造,特にフィラメント構造のピッチなど幾何学的特徴を定量的に,レーザー放電については,プラズマパラメータの空間分布を様々な手法を用いて計測する.
 次に,実験結果に基づきモデル化を行い,数値シミュレーションで再現を試みる.電磁波エネルギーが集中するフィラメント先端の局所的なパワー密度に注目しており,ミリ波フィラメントの伸展とレーザー放電の伸展を同じ輸送方程式や電離モデルで表現する可能性を追求する.
 構築した物理モデルおよび開発した計算コードを使って,ミリ波放電,レーザー放電を利用した様々な工学的応用提案について,その装置設計および性能評価を行う.

研究計画・方法 (平成27年度)

1) ミリ波放電爆轟波の1次元伝播実験(坂本,小田,福成)

図4

 JAEA に既設のジャイロトロン設備(1 MW, 104 GHz〜300GHz)を用いて実験を行う.観測用1 次元デトネーション管の内部に生成される放電を超高速フレーミングカメラで観測し,フィラメントピッチや進展速度などを求める.位相共役鏡を用いてビームの横モードをフラットトップに変換して1 次元性を増し,E 面とH 面から見た構造を撮影してその相関を調べる.

2) レーザー放電爆轟波の1次元伝播実験(小紫,松井)

 東京大学に既設の高出力パルスレーザー(炭酸ガスレーザー・10.6 μm, 10 J/pulse および固体レーザー・1.06 μm, 2 J/pulse)を用いて実験を行う.図4 に示すような観測用準1 次元チャンネル内部に生成されるレーザー放電を超高速カメラで観測する.自発光強度が非常に高いので発光分光を主体とし,マイクロ秒の時間分解能かつ高波長分解能で広波長域を計測可能なエッシェル分光器や空間1次元分布計測可能な分光系を用いたスペクトル解析を行い,電離度,電子温度を推定して,誘電率,透磁率などの電磁気的なパラメータ分布を推算する.

3) ミリ波放電モデル構築と数値シミュレーション(小紫,中村)

図5

 初年度は,これまでに観測されたミリ波放電フィラメント構造(図5 上)と,CFD とFDTD を組み合わせたシミュレーションコードを用いた計算結果(図5 下)をベースに,基礎となる輸送方程式や電離モデルを見直し,微細構造との関係を調べる.実験条件を再現するには,高エネルギー域での電離閾値,実在気体効果,輻射輸送を考慮することが不可欠であり挑戦的である.

4) レーザー放電モデル構築と数値シミュレーション(Ofosu,小紫)

 これまでのレーザー駆動デトネーションのシミュレーションに関する知見を活かし,レーザー放電1 次元伝播について,モデル化,数値シミュレーションを行う.上記ミリ波放電シミュレーションの物理モデルとすり合わせ,共通したモデル化,定式化を図ることで,新たな理解,発展を期待する.

研究体制

 既設の高エネルギービーム源を有する東京大学(小紫公也),JAEA(坂本慶司,小田靖久)で放電実験を行う.計算に関しては,これまで開発してきたコードを利用しつつ,物理モデルの見直しを行う.加えて,レーザー放電に関してLeik Myrabo 教授,ミリ波放電に関してR. J. Temkin教授等と情報交換を行い,物理モデルに関してフィードバックを行う.

 連携研究者:坂本慶司,小田靖久(JAEA 研究員), 研究協力者:福成雅史,Ofosu Joseph(東京大学博士課程),中村友祐,松井康平(東京大学修士課程),Leik Myrabo(米国レンセラー工科大学RIT 教授),Richard J. Temkin(米国マサチューセッツ工科大学MIT 教授)

図6

1) ミリ波・レーザー放電の雰囲気ガス,電磁波の電界強度,振動数への依存性の解明

 電離閾値,プリカサー電子密度,電子雪崩速度,電子温度,電離度などの重要なパラメータは放電が伝播するガスの種類,圧力に敏感であるため,空気の主成分である酸素,窒素,電離電圧が低く乖離反応を経ずに完全電離するキセノン,アルゴン,物理定数がよくわかっている水素などを用い,雰囲気圧力は工学的応用を想定して0.2 気圧から1気圧の範囲で変化させ,それら条件への依存性を包括的かつ系統的に調べる.
 また,プラズマによる電磁波の共振的吸収現象に注意を払いつつ,電力密度(電界強度)や電磁波周波数との相関を調べる.
 さらに,ミリ波放電の物理ルモデルを微視的に検証するため,100 kW 出力クラスの単パルスジャイロトロンを導入し,そのミリ波ビームをレンズで集光することにより生じる単一フィラメントの先端を拡大して観測する.

2) 計算モデルの検討から実験へのフィードバック

 シミュレーションコード開発研究からのフィードバックとして,実験を通して物理モデルやその仮説の検証を行う.理論モデルと実験の一致がうまくいかない場合には,半実験式の提案を行い,理論モデルに代える.

3) ミリ波・レーザー放電1次元シミュレーションコードの開発と検証

 ミリ波放電とレーザー放電を同一の物理モデルのセット,同一のシミュレーションコードで計算することを目標に,モデルの選択,統合を行う.現象のスケールはそれぞれ異なるので,その点に関しては無次元量を用いた式の切り替えや,計算格子を適合させることで対応する. また大学院生を,L. Mylabo 教授(RIT)およびR. J. Temkin 教授(MIT)の研究室にそれぞれ一人ずつ短期留学に派遣し,物理モデルの妥当性,拡張性,互換性などについて調査研究を行う

4) ミリ波・レーザー放電シミュレーションコードの3次元への拡張

 ミリ波・レーザー放電の様々な工学的応用を想定したとき,3 次元放電現象を計算,評価できることは重要である.そこで,上記1 次元モデルの3 次元への拡張を図る.随時実験との相互フィードバックを行い,信頼性の高い3 次元計算コードを構築する.

5) 電磁ビーム放電の工学的応用の検討

 開発した3 次元シミュレーションコードを用いて,実用スケールのビーム径(直径1 m から10 m)の電磁ビームに駆動されるマイクロ波ロケット,レーザーライトクラフト等の宇宙推進装置,遠隔エネルギー伝送の受電エネルギー変換器としての放電デトネーションMHD 発電器,惑星大気再突入環境を模擬するレーザーデトネーション風洞,遠隔エネルギー伝送時の障害物による異常放電対策などについてのシミュレーションを行い,それぞれの装置の性能評価や最適設計に利用する.結果として機器の高性能化や実用化,将来のミッション提案などに発展し,広い分野でビームエネルギー伝送・変換システムの商業利用,アプリケーションへとつなげることを目標とする.

最後に研究計画および役割分担のフローチャートを示す.

図6