English
 


ホールスラスタ

ホールスラスタはイオンスラスタと同じ静電加速型の電気推進です。イオンスラスタは電極を用いてイオンを加速しますが、ホールスラスタはイオンの流れに垂直方向に印加した磁場を用います。この磁場はイオン加速領域における電子の流れを制御します。その結果ホールスラスタではイオンスラスタと異なり空間電荷制限則の影響を受けることなく動作することができます。

ホールスラスタには長い歴史があります。ホールスラスタは1960年代のはじめアメリカとソ連でそれぞれ開発されました。しかし、アメリカやヨーロッパではホールスラスタの不安定性が発見されると研究開発は行われなくなっていきました。一方のソ連ではA.I. Morozov’sの指導の下、Kurchatov Institute in Moscowで開発が続けられました。1980年代の初頭までにホールスラスタは実用段階に入り、それ以来50以上の多くのミッションに使用されてきました。

多くの種類のホールスラスタが世界中の様々な研究室や企業で開発されてきました。研究機関においてはイオン化や電子の磁場による捕獲、拡散、損失メカニズムといったことが主に研究されてきました。この研究室では主に放電室壁面が金属でできたアノードレイヤスラスタ(TAL)の研究が進められてきました。また、TAL型とは異なり放電室壁面が窒化ボロンなどの絶縁体でできたマグネティックレイヤスラスタ(SPT)もあります。

TAL型スラスタの放電室壁面には電子の損失を防ぐために負電圧をかけています。TAL型スラスタの電子温度はSPT型のものよりも高く、その結果放電室長さは短くなります。

近年は高効率、高寿命な高電力TAL型スラスタの開発を目指して研究を行っています。

Drawing
Fig.1 一般的なホールスラスタの概略図


ホールスラスタ物理

ホールスラスタは円環型の放電室を持ちます。放電室の上流のアノードと放電室の外側のカソードの間に流れる電流によってプラズマが生成されます。スラスタの推進剤はアノード側からプラズマに供給されます。放電室には永久磁石や電磁石によって半径方向に磁場が印加してあります。放電室内では衝突が優勢でないため、電子は E $\times$ B ドリフトにより円環状チャネルを回ります。また、シースや放電室壁によって半径方向にも閉じ込められます。
イオンは磁場の影響をほとんど受けないので軸方向に印加された電場によって加速され放出されます。 \begin{equation} v_i= \sqrt{\frac{2e\phi}{m_i}} \end{equation} ここで $\phi$は イオンが生成されるところのポテンシャルです。
Drawing
Fig.2 ホールスラスタの原理
半径方向の磁場の影響で電子は直接アノードに向かうことができず、代わりに周方向(電場と磁場の両方に垂直な方向)にドリフトします。この電子の周方向運動によってホール電流と呼ばれる電流が周方向に流れます。これが“ホールスラスタ”の由来です。
Drawing
Fig.3 周方向への電子のドリフト
電子はまた、電場の影響を受けて軸方向にも運動します。アノードに入った電子は電源によってカソードから放出されます。カソードから放出された電子の多くはイオンビームの中和に使われます。一部の電子は放電室に供給されプラズマ生成に用いられます。


実験室開発のホールスラスタ

Drawing

Fig.5 TAL型おホールスラスタ
Drawing
Fig.6 RAIJIN - TAL型おホールスラスタ


パルス型プラズマスラスタとは?

パルス型プラズマスラスタ(PPT)は、人工衛星搭載用の電気推進の一種です。 化学推進とは違い、電気推進は電気的な力を利用して推力を得ます。 その推進方法からPPTは電磁加速型であり、定常作動MPDスラスタ等と同じグループにカテゴライズされます。 そのため、PPTはPulsed MPD Thrusterと呼称されることもあります。 同軸型のPPTは主に電熱加速によって推力を得るため、Pulsed Electrothermal Thruster (PET)と呼ばれたりします。

PPTの研究は1950年代や1960年代にまでさかのぼることができ、1964年にソ連の人工衛星Zond-2に初めて搭載されました。 これは同時に電気推進が初めて実用化された例でもあります。それからPPTの研究は世界中で行われ、日本を含むいくつかの国で実用化されています。


作動原理は?

PPTは主に四つの部分から成り立っています。すなわち、エネルギーを蓄えるキャパシタ、放電を発生させるために高電圧を印加する電極、 推進剤、そしてイグナイタです。推進剤の種類からPPTはさらに細かく分類することができます。

♦ APPT (Ablative PPT)またはSPPT (Solid Propellant PPT)、推進剤にPTFE等の固体推進剤を用いる場合。
♦ LPPT (Liquid Propellant PPT)、推進剤に水やアルコールなどの液体を用いる場合。
♦ GPPT (Gaseous Propellant PPT)、推進剤にアルゴンや窒素などの気体を用いる場合。

いずれの方式でも推進剤は電極間に供給されます。絶縁体のPTFEの場合は直接電極間に設置してありますが、液体などの場合噴射器を用いて供給されます。

PPTの作動のためにはあらかじめキャパシタに放電エネルギー(数~数十J)を蓄えておきます。 イグナイタが点火され、微小放電から電子が放出し、電極間に推進剤を伝って放電を発生させます。 この放電はやがて放電回路内を振動する主放電となり、電極間には円弧状の放電経路が生成されます。 主放電による大電流が推進剤を昇華させ、一部をイオン化しプラズマの状態にします。 大電流により放電回路内には強い磁場が誘起され、電流と磁場の相互作用であるローレンツ力により推進剤を押し出し、推力を得ます。 キャパシタに蓄えられたエネルギーは有限のため、放電は10-20 μs程度で終了し、推力も発生しなくなります。 この様にPPTはパルス作動を行い、パルスあたりの運動量変化量はインパルスビットと呼ばれます。


パルス型プラズマスラスタの放電の様子


現在の実験に対して、もしくはもっと詳しい情報は

O私たちの研究班ではSPPTとLPPTの両方の研究を行っています。 そして実用化を目的として、より効率的に推進剤を利用する方法を研究しています。 さらに私たちは放電やプラズマの物理現象を理解するためのプラズマ診断も行っています。  

より詳しい内容を知りたい場合は、 researchセクションやpublications セクションをご覧になってください。 また、興味のある方はInternational PPT&iMPD Working Groupのページも訪問してください。


実験装置

当研究室ではプローブ法を用いてホールスラスタ内部やプルームのプラズマ診断を行っています。プローブ法によって得られたデータを用いてスラスタの評価やプラズマモデルの構築を行っています。

♦遠距離ファラデープローブ :
図の一番左のようにファラデープローブをアームに乗せ、スラスタの下流を掃引することでイオンビームの空間分布を測定します。このデータからイオンビーム電流値やプルームの発散角を計測することができます。

♦ 近距離ファラデープローブ :
ホールスラスタの放電室形状は円環状であるため遠距離ファラデープローブによって得られるデータからはプルームの形状を正確に計測することはできません。そのため右のような小型のファラデープローブを用いて、放電室出口付近のイオンビーム分布を計測することでより正確なプルーム形状の測定を行います。

♦ ラングミュアプローブ :
ラングミュアプローブは右のような金属棒から構成されています。プローブをプラズマに挿入し、印加電圧を変化させた時の電流値の変化を解析することでプラズマ密度、プラズマ電位、電子温度、浮遊電位を計測することができます。

♦ エミッシブプローブ :
エミッシブプローブはプラズマ電位を計測するのに使用されます。 エミッシブプローブは二酸化トリウムを含んだタングステンから出来ており電流によって十分加熱された状態でプラズマ中に挿入されます。ラングミュアプローブでは流入してくる電子のため浮遊電位とプラズマ電位は異なりますが、エミッシブプローブは熱電子を放出しているため浮遊電位とプラズマ電位は一致します。そのためラングミュアプローブよりも簡単にプラズマ電位を計測することができます。


  遠距離ファラデー,   近距離ファラデー,   ラングミュア,    エミッシブプローブ



♦2重振り子式スラストスタンド
スラストスタンドは推力(英:スラスト)を測定し推進機性能の評価を行う実験機器です.推進機の性能を正確に知るためには,精密な推力の測定が要求されます.
当研究室では「2重振り子式スラストスタンド[1]」と呼ばれる機器を開発し推力測定を行っています.このスラストスタンドは下記のような利点を持ちます.

・熱ドリフトの影響を受けない:
  推進機プラズマ熱による支持振り子の熱変形は内外の2重振り子間で相殺されるため,熱ドリフトによる影響を受けない推力測定が可能です.熱ドリフトによる推力時間変動を低減することでより精密に推力を測定することが出来ます.

・リアルタイム測定が可能:
電磁力アクチュエータを用いて2重振り子の相対位置を一定に保つゼロ変位制御を行います.制御に要する時間は10秒以内であり,各条件における推力を即時に測定可能です.

・持ち運びが容易:
  スタンド系は真空チャンバ系から独立した構造である為,中型以上の真空チャンバであれば使用可能です.これにより様々な推進機・真空チャンバにおける測定需要に対応することが出来ます.


2重振り子式スラストスタンド(左).推進機プラズマによる熱変形を内外振り子間で相殺する(右).

近年の研究:
- 推力測定レンジの拡大
  超小型衛星や全電化衛星の台頭により推進機への要求は多様化しています.小型から大型まで幅広い種類の推進機性能を測定することが必要です.制御器の拡張などの改良を行うことで,2重振り子式スラストスタンドを用いて5 kW級推進機(推力~200 mN)や100W級推進機(推力~数 mN)といった異なる推力レンジを持つ推進機の測定を行っています.


測定推進機の例 (左)5 kW級RAIJIN94推進機 (右)500 W級XPT推進機 [2]


従来研究:
- 熱ドリフトの相殺:
前述した通り,2重振り子式スラストスタンドは熱ドリフトの影響を受けない推力測定を行うことが出来ます.推進機を搭載する内側振り子とセンサ系を搭載する外側振り子があり,両振り子間で熱変形を相殺する制御を行うことで熱ドリフトによる測定推力の時間変動を低減しています。

- スラストベクトル測定
宇宙機では推力方向をジンバルにより制御することが一般的ですが,推進機上で推力方向の制御を行うことでより簡素な推進機システムを構築することが期待されます.軸方向と半径方向の推力を独立して測定することにより2次元推力ベクトルが測定でき,推力方向の制御手法の研究に役立ちます.


[1] Nagao, N., Yokota, S., Komurasaki, K., and Arakawa, Y., “Development of a two-dimensional dual pendulum thrust stand for Hall thrusters,” Review of Scientific Instruments, vol. 78, 2007, pp. 7-10.
[2] Karadag, B., Cho, S., Oshio, Y., Hamada, Y., Funaki, I. and Komurasaki, K., "Preliminaly Investigation of an External Discharge Plasma Thruster," AIAA Paper 2016-4951, 52nd AIAA/SAE/ASEE Joint Propulsion Conference, 2016.



実験設備

♦真空チャンバー : 直径 2 m x 長さ 3 m

ロータリポンプ : ULVAC PKS-070, 7000 l/min × 2
メカニカルブスターポンプ : ULVAC PMB-060B, 103300 l/min
油拡散ポンプ : ULVAC PFL-36, 37000 l/s
クライヨポンプ : ULVAC CRYO-U20H, 10000 l/s (Ns)


工学部7号館地下の真空チャンバー.



 


Mantis-a templates, visit Netmeter