マイクロ波ロケットとは?

マイクロ波ロケット打ち上げ概念図

 マイクロ波ロケットは、地上からマイクロ波ビームを使って飛んでいるロケットに飛行エネルギーを供給するロケット用のエンジンです。ビーミング推進と呼ばれる推進方式の一種で、これまでのジェットエンジンやロケットエンジンとはまったく違ったシステムです。

 ビーミング推進はマイクロ波ビームやレーザービームを使って飛んでいるロケットに飛行エネルギーを供給します。地上から推進エネルギーを送るため、ロケット本体に燃料を積まなくても飛ぶことができる画期的なシステムです。

 とてもシンプルなシステムでありながら優れた点が多く、ロケットの打ち上げ費用を大幅に低減させることができると期待されて世界中で研究が進められています。私たちのグループでは、マイクロ波を使ってエネルギーを送ることで、エネルギーの発生装置の建設コストを大幅に抑え、現在の打ち上げシステムよりも二桁安いコストで打ち上げられる宇宙輸送システムを開発することを目指しています。

ビーミング推進

ビーミング推進の特徴

 ビーミング推進は、打ち上げロケットの外部からマイクロ波やレーザーによってエネルギーを供給します。ビーミング推進による打ち上げロケットは、エネルギービームを集めるリフレクターと呼ばれる鏡が必要なだけで、燃料タンクや複雑なポンプなどが必要なく、打ち上げロケット本体の構造を非常に簡単にすることができ、打ち上げロケットの大幅な小型化と低コスト化を実現させることができると考えられます。

 そして、ビーミング推進システムの最大の特徴、エネルギーの供給源が地上に建設するため、打ち上げシステム全体を何度も繰り返し使用できることにあります。これまでのロケットはほとんどが使い捨てでしたが、ビーミング推進では地上のビーム発生源さえ作ってしまえば、打ち上げにあたってかかるコストは電気代だけとなるため、打ち上げにかかるコストを大幅に下げることができるのです。

 レーザーを用いたビーミング推進の研究者は、このシステムを「光のハイウェイ」と呼んでいます。これまでのロケットと違って、宇宙へ行くためのインフラストラクチャーと考えることができ、宇宙開発のありかたを大きく変える可能性を秘めたものです。

ビーミング推進の概念図

ビーミング推進の歴史

 レーザーを利用した打ち上げ方式はKantrowitz氏が1970年代に提案しました。レーザーを用いた研究はその後進み、2000年には、アメリカのMyrabo氏らが70mの打ち上げ記録を達成しています。

 マイクロ波ビームを用いたマイクロ波ロケットによる打ち上げ方式の提案は40年近く前からありましたが、ロケット本体がレーザー推進に比べて大型化する困難を克服できず長く実験は行われませんでした。近年になりジャイロトロンと呼ばれるマイクロ波発生装置が開発が進み、2001年より本格的な研究がスタートしました。私たちのグループは、2003年に、小型のロケット模型を用いて、世界初の打ち上げ実験を行い、2mの打ち上げに成功しました。

ビーミング推進のいろいろ

 ビーミング推進は大別すると、まずビームとして何を使うかに分類されます。大別するとマイクロ波とレーザー(光)になります。光の領域については、いわゆるレーザーのほかにエックス線や太陽光を用いた推進システムの研究があります。

マイクロ波利用のメリット

レーザー vs マイクロ波

 いいこと尽くめのビーミング推進ですが、実現のためには大きな問題があります。地上におくエネルギーの供給源を作るのに、非常にコストがかかるのです。このエネルギービーム源として、何を使うかについて、現在、二つの流派があります。光を使ったレーザー推進とマイクロ波を使ったマイクロ波ロケットです。それぞれに一長一短があります。

 まず、マイクロ波はエネルギービーム源がとても安いことが特徴です。マイクロ波の発生装置は電子レンジの心臓部であるマグネトロン管のように、一般家庭にまで普及しています。ごく普通の電子レンジのマイクロ波出力は1kW程度ですが、同出力のレーザーは日本でも数える程度しかありません。マイクロ波は大出力を出す場合、特に有利です。レーザーでは連続出力で10kWを超える出力のものは世界にもほとんどありません。その一方で、1000kWを超える連続出力のマイクロ波発生装置もさほど珍しいものではありません。なにより、マイクロ波発生源はフェイズドアレイという技術を使って複数の発生装置の出力を合成することが可能です。本格的なビーミング推進の実現には、ギガワット級(1GW=1000,000kW)のビーム源が必要だとされていますが、マイクロ波源ならば現段階でも十分に実現できると考えられています。

 一方で、レーザーのほうが優れていることもあります。エネルギービームを長い距離送ると、ビームが広がるという性質があります。ビームが広がるとロケットにつけるビームを集めるリフレクタを大きくする必要が出てきます。マイクロ波の場合、この広がりがとても大きくなります。例えば、直径3メートルくらいのエネルギービームを100km送る場合、レーザーであればほとんど広がらないのに対して、電子レンジで使われているようなマイクロ波の場合数百メートルにまで大きくなってしまいます。

 しかし、マイクロ波のビームの広がりを抑える方法があります。ビームの広がりはマイクロ波の波長によって決まります。(マイクロ波とレーザー(光)は、同じ電磁波でその波長が違うだけです。)波長の短いマイクロ波を使えば、あまり広がらないビームを得ることができます。マイクロ波ロケットで使われているマイクロ波は、電子レンジのマイクロ波とは種類が違っています。ミリ波と呼ばれるもので、電子レンジのマイクロ波と比べて非常に波長が短いものです。

補足:電磁波の話~マイクロ波とレーザー(光)は何が違う?

 マイクロ波も光も、ともに電磁波という空間を伝わる波の一種です。電磁波はその波長、波の長さで分類されています。

 波が長いカテゴリーは電波です。波長が長いほうから、長波、ラジオの電波(中波/短波)、テレビの電波(VHF(超短波)/UHF(極超短波))、携帯電話/無線LANの電波、レーダーの電波、ミリ波、サブミリ波と続いていきます。マイクロ波は、レーダーの電波より短い電波の仲間をまとめた名称です。

 波が短いカテゴリーは光です。可視光を中心に、波長の長いものは赤外線、遠赤外線、波長の短いものは、紫外線、エックス線、ガンマ線と続きます。レーザーは、光がビームになってほとんど広がらずに一つの方向にまっすぐ伝わる性質を持ったものです。

 電波と光の間、つまりミリ波、サブミリ波から遠赤外にいたる領域に空白があります。この領域は発生源の発達が遅れていること、また大気による吸収が大きいことから、未活用の領域となっています。テラヘルツ光と呼ばれる領域ですが、今後の発展に期待されるところです。

補足:ビーム源建設コストの打ち上げコストへの影響

 ビーミング推進の実際の打ち上げコストを考えるとき、打ち上げロケット本体とビームを発生させる電気代のほかに、ビーム発生装置の建設コストを考える必要があります。ロケット本体と電気代は、打ち上げのたびにかかりますが、建設コストは一度作ってしまえばよいものですので、その償還コストを考えることになります。つまり、ビーム発生源を作ってから、それが数十年先に壊れるまでに打ち上げることができる総回数で最初の建設コストを割った値段を、毎回打ち上げにかかるロケット代と電気代に足したものが一回当たりの打ち上げコストということになります。

 ビーム発生装置を作って2,3回しか上げないのであれば、ロケット本体がどんなにシンプルなものでも、トータルのコストは今のロケットよりもはるかに高くなります。逆に、ひっきりなしにあげ続けるのであれば、建設コストのことはほとんど無視できるレベルになるでしょう。今のロケットシステムより安くなるために、ビーミング推進システムで最低何回打ち上げる必要があるかということを計算した例があります。

 100tの太陽発電衛星を作る場合として、レーザーを使った場合、1000回近い打ち上げでようやく現在のロケットの打ち上げコストに太刀打ちできるのにたいして、マイクロ波では数百回で現在のロケットの打ち上げコストの十分の一にまで下げることが可能であると考えられています。ビーム源の建設コストの差は、このような影響を及ぼします。