研究概要

  1. 推力生成過程の解明
    1. 推力生成実験と数値モデル
    2. ミリ波放電プラズマの生成実験と数値モデル

  2. 空気吸い込み機構の開発と性能向上
    1. リード弁の開発
    2. ラム圧縮のためのプレナム室設計法

  3. ミリ波の長距離伝送
    1. ミリ波受電器の開発
    2. フェーズドアレイ方式を使用した長距離伝送

  4. 打ち上げ軌道解析とコスト推算
    1. マイクロ波ロケットとH-IIBロケット第2段のハイブリッド
    2. 小型衛星打ち上げ用マイクロ波ロケット

  5. その他:打ち上げ実証実験
    1. Annual report 2003
    2. Annual report 2002

1. 推力生成過程の解明

a. 推力生成実験と数値モデル

 マイクロ波ロケットの推進器は円筒型の筒と集光器からなります。開口端から入射したマイクロ波が閉口端でプラズマを生成し、開口端へ進む衝撃波を生じさせ、閉口端での圧力上昇すなわち推力を生みます。推進性能は、ビームパワーが推力に変わる効率(運動量結合係数Cm)によって評価されます。これまで推力生成実験や数値モデルを用いた解析を通じて、いかにしてCmを高くできるかが調べられてきました。

 Cmが変化する要因の一つとして、プラズマ波面と衝撃波の関係性があります。マイクロ波のエネルギーはプラズマ波面を通じて伝わり衝撃波を支えますが、ビーム強度が小さい時はプラズマ波面が衝撃波よりも遅れて進み、強度密度が大きい時は二つが同時に進むことがわかっています。後者の場合をミリ波支持デトネーションと呼んでおり,Cmはこの場合に高くなることが示されています。

 他にCmを決める要因として、繰り返し作動における異常着火が挙げられます。実際の運用では、上で述べた過程によりパルス的な推力を生んだ後に再び空気を取り込み、次のパルス推力を生みます。繰り返し作動において、推進器内にプラズマが残留したまま次のマイクロ波が入射すると、意図しないプラズマ着火により推力生成の効率が下がるため、これを防ぐことが高いCmの実現に繋がります。この点については「空気吸い込み機構の開発と性能向上」の項目もご参照ください。

推進機内部を伝播するミリ波支持デトネーション波

b. ミリ波放電プラズマの生成実験と数値モデル

 1-aで説明した通り、マイクロ波ロケットでは、プラズマ(ミリ波放電プラズマ)を通してミリ波のエネルギーが推力に変換される過程(ミリ波支持デトネーション)が重要な現象です。推力生成のメカニズムを解明することができれば、プラズマを制御することで推進性能を大幅に改善することが可能となります。また、超音速飛行時など地上での試験が難しいような環境を再現するには、高性能なコンピュータ上でのシミュレーションが有効です。このような背景から、実験と数値解析の両面からミリ波放電プラズマに関する研究が進められています。

1. 実験

 マイクロ波ロケットの推力を決定する上で重要なパラメータは、入射するミリ波の電力密度とプラズマ波面の伝播速度の関係です。興味深いことに、用いるビームの周波数に応じて伝播速度は大きく異なります。例えば、ミリ波放電プラズマの電離波面はCO2レーザーのそれと比較すると、非常に速い速度で伝播することが分かっています。

 電離波面の伝播速度は、プラズマの放電構造に関係があると考えられています。図に示す通り、ミリ波放電プラズマにおいては実験室の雰囲気圧力や照射させるビームの電力密度を変化させると様々な放電構造を遷移します。プラズマが空間に占める割合を表す指標である空間占有率が低い(b)のような構造では、プラズマの波面が非常に速く伝播することが分かりました。このような物理現象を明らかにするため、伝播速度などのマクロスコピックな量だけではなく、局所的に存在するプラズマの温度などミクロスコピックなパラメータに注目し、発光分光などの光を用いた計測に挑戦しています。

28 GHzのミリ波によって生じる大気放電のミクロな構造

2. 数値モデル

 ミリ波放電に見られる構造の形成メカニズムを明らかにすることや、今までの理論で説明できなかった超音速で波面が伝播する物理を解明することを目標に、コンピュータ上でのシミュレーションも行っています。図には、プラズマの挙動を表す方程式と電磁波の伝播に関するMaxwell方程式を組み合わせて解くことで再現した、プラズマの構造を示します。左から伝播してくるミリ波を吸収してプラズマが生成される様子、そして入射波と反射波の干渉でできた波の分布に従って枝分かれして伝播するプラズマの挙動、を再現しました。当該研究では、構造が生じる条件が明らかとなり、構造と関係があると考えられる、プラズマ波面の伝播速度を正確に再現する上で、大きな手掛かりを得ました。

図左から入射するミリ波のエネルギーを吸収して、電離波面が図左方向へ伝播する様子。

2. 空気吸い込み機構の開発と性能向上

a. リード弁の開発

 マイクロ波ロケットの大きな特徴として、空気吸い込み式であることと、パルスデトネーション式であることがあげられます。これらにより、推進剤が不要で、構造が簡素になります。当研究室では、パルスデトネーションサイクルと同期した吸気方法として、リード弁による吸気機構を研究しています。吸気に関して、前面投影面積を流れる流量のどれだけを捕獲できるか(流量捕獲率)、全圧のどれだけを保てるか(全圧回復率)、吸気体積と推進機体積の比(部分充填率)といった評価指標を導入し、実験と数値計算の両面から、推進性能を最適化するリード弁設計が試みられています。

b. ラム圧縮のためのプレナム室設計法

 飛行高度の上昇に伴い、機体周辺の大気密度は低下していきます。そのため、リード弁のみを用いた吸気機構だけでは、吸い込み性能の低下は避けられません。当研究室では、その解決策として、推進機側壁にプレナム室を搭載した場合の流体の挙動やリード弁の作動、推進性能への影響を調査しています。プレナム室は、飛行速度を利用してラム圧縮した高密度の空気を保持する役割を持ちます。CFDを用いた性能解析により、プレナム室断面積を増加していくと、はじめは吸気性能が改善し実効推力(推力―空気抵抗)が増大していくものの、その後空気抵抗の増大が卓越し、結果として最適なプレナム室断面積が存在することが明らかになっています。また、最大実効推力の85%以上を確保できるプレナム室断面積の大きさがある程度広く、断面積固定の推進機でも広い飛行条件で高推力を維持できる可能性があることが示されました。

ラム圧縮された高密度の空気をリード弁を通して推進機内部に吸い込む様子

3. ミリ波の長距離伝送

a. ミリ波受電器の開発

 マイクロ波ロケットでは、地上から照射されたミリ波(波長がミリメートル程度の電磁波)のエネルギーを用いて推進力を得ます。レーザーと比較して波長の長いミリ波は、伝送距離が長くなるにつれてビームが大きく広がるため、高い高度ではロケットに当たらない部分が損失となってしまいます。このような損失を防ぐ工夫として、より短い波長のミリ波を用いることや、ビームをうまく成形することなどが考えられています。例えば高度40 kmまで伝送した場合、ビーム径の広がりは十数メートル程度で抑えられると試算されています。

 ロケットにミリ波を集光して円筒型の筒に導く受電器を取り付けることで大きな径のビームを十分に受けられるようにすることも、その工夫の一つです。従来考えられていた受電器は長くかさばるものでしたが、短くてコンパクトな受電器を開発し、その有用性を検証することで、実用的な受電器の設計を可能としました。ビームを受ける大口径と、デトネーション管に繋がる小口径を持つ、シンプルなテーパ型の受電器となっています。この開発を通じて、波長に対する小口径の比が一定以上であれば幾何光学的な考察に基づいて集光性能を検証できる、ということが示されました。これは、今後新たな受電器を設計する際の指針となります。

推進器開口部に取り付けられた受電器によりミリ波が集光され、推進機内部へ導かれる。

b. フェーズドアレイ方式を使用した長距離伝送

 マイクロ波ロケット打ち上げのためには、高効率のエネルギー伝送システムが必要です。今までミリ波の伝送方法として、図に示す二つの方法が考えられてきました。

 一つは「固定焦点伝送方法」と呼ばれる、直進性の高いレイリー領域を伝送に使用する方法です。この方法はビーム制御が不要で固定開口面アンテナで実現可能であることが利点ですが、伝送距離を確保するとなると機体側のミリ波を受電するアンテナ径が大きくなってしまうことが問題です。したがって、小型ペイロードの打ち上げを想定した打ち上げには不向きです。

 そこで、多数のアンテナ素子から放射された電磁波の位相を制御することで所望のビーム形状を得る「アクティブフェーズドアレイ方式」が検討されました。この方法の利点は、高度に応じて電磁波の放射方向や焦点位置を変化させることができ、高効率なエネルギー伝送が可能になる点です。

 実際に、ミリ波の周波数帯で大気減衰が比較的低く、直進性の高い140 GHzを用いた場合を例に、エネルギー伝送効率が試算されました。径方向に100個程度のアンテナ要素を用意することで地上の有効アンテナ径に対して1/100の集光度を得ることができ、機体側でミリ波を受電するアンテナ径内に62 %のエネルギーを収められることが分かりました。

地上(図左)から推進機(右)に向かってミリ波を伝送する2つの方式。

4. 打ち上げ軌道解析とコスト推算

a. マイクロ波ロケットとH-IIBロケット第2段のハイブリッド

 当研究室で研究を進めているマイクロ波ロケットの利点の一つは、大気を推進剤として利用するため、既存の化学ロケットのように燃料を搭載する必要がない点です。そのため、大気密度が濃く、マイクロ波を効率よく伝送できる高度20--40 kmまでの使用が検討されています。

 無人補給船「こうのとり」を高度約400 kmの国際宇宙ステーションに輸送する機能を担ったH-IIBロケットの第1段目をマイクロ波ロケットに置き換えた時、どれほどコストを抑えることができるか試算しました。まず、マイクロ波ロケット・H-IIB 第2段ハイブリッドロケットを一回打ち上げるには188 ギガワットの出力が29.8秒必要であることが分かりました。現在のジャイロトロン技術で一基当たりせいぜい2 メガワットの出力が限界であるため、94,000本のジャイロトロン、および29.8秒の電力供給を行える電源設備が必要です。初期コストこそ高いものの、繰り返しビーム設備を使用することで、42回の打ち上げで現在のロケットと価格は同程度、2000回の打ち上げで基地建設のためのコストは償還されます。結果として、今までの化学ロケットでペイロード1 kgあたり打ち上げるのにおよそ100万円かかっていましたが、当該研究で提案する方式により74%コストが削減されることが分かりました。

b. 小型衛星打ち上げ用マイクロ波ロケット

 地上からマイクロ波を期待に向けて照射し、エネルギーを伝送することで飛行するロケットは、主に2種類提案されています。一つは、わたしたちが提案している、機体周辺の空気を推進剤に飛行する方式、もう一つは水素燃料を搭載して熱交換器によってマイクロ波加熱を行い、ロケット噴射を行う方式です。前者をマイクロ波デトネーション型ロケット(通称マイクロ波ロケット)、後者をマイクロ波サーマルロケットと呼んでいます。

 マイクロ波サーマルロケットは、アメリカのParkin博士らによって提案され打ち上げシナリオが考えられてきました。二つのマイクロ波発振基地から300 MWもの電力を機体に伝送し、総重量2500 kg(うちペイロード40 kg)をLEOに打ち上げようというものです。マイクロ波サーマルロケットは、比推力1000 秒という、従来の化学ロケットに比べて高い推進性能を発揮することができるます。しかしながら、打ち上げに必要な電力が大きいこと、高度100 kmまで伝送するために必要な口径100 m級のアンテナの建設に巨額な投資が必要なことなどから、既存のロケットに比べて大幅な打ち上げコスト削減は狙えないという問題点がありました。

 そこで、当研究室では、デトネーション型ロケットとサーマルロケットを組み合わせた2段式のロケットを考案しました。低高度の大気が濃い領域を、燃料を使用しないマイクロ波ロケットで飛行することで、2段目に使用するサーマルロケットに必要な燃料やミリ波発振基地の出力を大幅に抑制できることを提案しました。これにより、打ち上げシナリオでは、第1基地と第2基地の合計出力80 MWで総重量50 kg(うちペイロード8 kg)を、ペイロード1 kgあたり58万円(ミリ波発振基地などの原価償却後)でLEOに投入できることが分かりました。この方式は、昨今需要が増えている小型衛星の打ち上げや、その他の様々な民間の需要に対応できると考えています。

Annual report 2003

Demonstration Flight Movie

Demonstration Flight Movie(swf)

Experiments on a pulsed microwave beaming propulsion were conducted. The microwave pulse duration was settled 0.1-1msec with a power of 0.5-1.0MW. Thrust impulse is measured using a load cell force transducer. As a result, the maximum momentumcouling coefficient, Cm was achieved over 400N/MW at 0.1msec pulse width

●Download⇒ Demonstration Flight Movie [AVI File, 5sec, 1.6MB]

Both the plasma and shock wave dynamics are considered to play important role in the energy conversion process from electromagnetic energy to momentum. The behavior of plasma and shock waves in a parabola reflector was observed. Plasma development in a microwave-beaming thruster was observed using 2-D and axsymmetric parabola reflectors. In the 2-D parabola reflector, plasma was found to develop in three directions during the initial plasma development stage as shown in Figure. In the later stage, only the plasma leaving from the reflector was developed while the plasma expanding toward the reflector was not enhanced. Shock propagation speed measurement in the axsymmetric parabola reflector suggested that there might be some supersonic interaction between the shock and discharge front.

Photograph of Plasma induced in 2D-parabola thruster

Annual report 2002

Demonstration Flight Movie

Demonstration Flight Movie(swf)

Plasma Ignition Movie

Plasma Ignition Movie(swf)

Experiments on a pulsed microwave beaming propulsion were conducted. The pulsed microwave, whose duration is 0.2-1msec with a power of 0.5-0.8MW, was focused by a parabolic mirror/nozzle and air-breakdown was induced as shown in Figure. Precise optical alignment was not neccessary to produce plasma using an ignition rod.
Thrust impulse is measured using a load cell force transducer. As a result, the maximum momentumcouling coefficient, Cm was 300N/MW at 0.2msec pulse width which is equal or larger than that obtained in the laser propulsion. Cm varied inversely with the pulse width.
The verical flight experiment was conducted using a light thruster model as demonstration. The thruster model had a conical nozzle with a cylinder. The model achieved 2-m altitude flight with 1MW and 1msec microwave pulse.

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●Download⇒ Plasma Ignition Movie [WMV File, 5sec, 75kB]